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No.462 良くわからないことは良くわからない

エッセイ「多摩川べりから」
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 少年の頃、「経済学」という学問分野があることが不思議でならなかった。もちろんそれがどういう領域を扱うのかなどまるで知らないで、言葉の持つ印象だけでそう思っていた。科学的なのかなぁ、と。
 同じような感覚で言えば「景気」というのも実に不確定な気がする。「気」という文字が含まれているからなのだろう。「気まぐれ」なことのように思えたのだ。「まぐれ」は科学的に立証できるのだろうか。
 今回「ゼロ金利」どころか「マイナス金利」という言葉が新聞紙上を踊っている。基本的に経済に関しては少年の頃のまま印象でしか語れないので、今回文字が躍っているところの「マイナス金利」も、文字の印象だけでしか理解できない。一体この先どういうことになって、どういう影響が出るのか、そしてそれを一体自分は理解できるのか、はなはだアヤシイ。
 いろんなことに目を通してみて考えた。世界はどうも「不安」の時代を迎えているらしい、ということ。いや、こう言うと、ではそれ以前は「安定」の時代があったかのように聞こえるが、実は世界はずっと「不安」を抱え続け、あるいはつくり続けてきたのではないかと思える。印象だけで言えば、人々の世界観が「集落」程度だったときには感じる必要のなかった「不安」が、世界観が文字通り「世界」に拡大されたときに、希望より不安の方が好まれだしたのかもしれない。
 不景気でも儲けられる人は儲ける。株価が下がっても儲けられる人は儲ける。不安の時代であっても儲ける人は儲ける。抜け目ない人は世界中恐らくごまんといる。だが、それを遙かに上回る大多数の人は、誌上に踊る言葉で右往左往する。大多数が右往左往するから儲けられると言うべきか。
 難しそうな言葉や複雑そうなモデルが踊りはじめたら、右往左往させようとし始めたな、ぐらいでとりあえずは考えておこう。
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