ようこそ、川崎教会へ

No.463 食卓を考える3度目

エッセイ「多摩川べりから」
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 昔々、クリスマスは繁華街のバーやキャバレーが舞台だった時代。イヴの夜ともなるとトンガリ帽をかぶった上機嫌のお父さんたちが、片手にケーキをぶら下げている姿がニュース映画を賑わせた。バブルの時代になるとクリスマスは高級レストランやクラブが舞台となって、登場するのはカップルたちだった。バブルがはじけるとようやくクリスマスは家族のものとなった。だが一向に、クリスマスは教会のものになったことがない。トホホ。
 以前は12月25日を過ぎてもクリスマスケーキが売られていた。もちろんずいぶんと値引きされてはいたが堂々と売られていた。買う方も「売れ残り」を充分意識して買い求めた。1日しかもたない高級なクリームなど使っていなかったし、1日2日遅れても全然問題なしだった。
 今年2月4日、たまたま入ったスーパーやコンビニの棚から、ものの見事に「恵方巻」が消えていた。昨日あんなに山と積まれていたのに、きれいさっぱりなくなった。もちろん完売したのかも知れないが、それは疑わしい。ナマモノは保存が利かないのだからその日に売れないものは恐らく廃棄する以外にない。「売らんかな」と鳴り物入りで流行るものは、当然ながら大量の廃棄物を生み出すのが宿命なのだろう。Twitterには「恵方巻廃棄」のつぶやきが多数投稿された。
 例のビーフカツ問題、当初闇流通が取りざたされたが、最近は食品廃棄という視点が重視され始めた気がする。それと共に、わたしたちが気づかないできたたくさんの、それこそ「闇」を、これでもかと見せられている。12月26日にもクリスマスケーキが売られていた頃──ついこの間──にさえ、本当に戻れないのだろうか。
 ハムソーセージ好きなわたしは、子どもたちに「父ちゃんの棺桶には廃棄されたハムソーセージをいっぱい詰めるように」と遺言した。花よりハム。
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