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No.480 疲労社会

 幼稚園で田澤雄作先生の講演会が行われた。先生は小児科医という立場からメディア対子ども、メディア対人間の成長、メディア対人間の心を問題として捉え発言してこられた方。
 お話を伺って、「脳の慢性疲労」という言葉が非常に心に残った。川崎に住んで10年目になるが、未だに人の多さにはなかなか慣れていない。わたしは幸い通勤せずに済むのだが、満員の電車で長時間・長距離を朝夕と繰り返しておられる方々の疲労を想像すると、気の毒を超えてしまう。
 肉体的精神的疲労もさることながら、問題は脳の慢性疲労なのだという。脳は、ある部分が緊張を強制されると、それ以外の機能が休止して緊張に備えようとするらしい。それがカバーし合える刺激量が受容限度であり許容範囲ということだろう。ところが、様々なことが原因で強い刺激を受け続けることで、子ども時分から慢性疲労が続き、それを充分に休息させられないまま育ってしまう。「脳」科学ではまだ解明されていないから、なんていう暇はないのではなかろうか。
 人間は矛盾に満ちた行動を取る生き物だ──それが逆にいとおしさなのかも知れないが。例えば、経済的なゆとりを得ようと肉体的にも精神的にも限界まで働いてしまう──限界まで根を詰めることはゆとりとは真逆であるにもかかわらず。もちろん将来のために様々なことを備えるのは徒労ではないかも知れないが、では何時、何によって満足や幸せを得られるというのだろうか。「将来のため」とは、どこまで続くことなのだろうか。園児であれば小学校までか、あるいは中高大学生までか、いやいや社会人まで、いいえ老後の生活まで、どっこい死をゆとりを持って迎えるため…!!
 ○○活動(もっと縮めて◎活)という言葉があらゆる場面で幅を利かすようになった。あぁ、これこそ慢性疲労が極みまで…。