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No.482 沈黙の街?

エッセイ「多摩川べりから」
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 牧師住居の窓から、北の方角は教安寺の墓地の向こうに京急本線の高架橋が見える。西は旧馬嶋病院跡地の広い駐車場、南側は園庭とその先隣家に借りている幼稚園駐車場と、繁華街の中にあって隣接ビルがない分開放的な空間が望まれる。4階なのでちょうど窓の下あたりを電線が通っている。電柱にあるトランスが目の高さぐらい。
 そのトランスのところにかわいい鳴き声の烏がやって来ていた。時々蛙のような、あるいは人間の会話のような声を出すのだ。他の烏と明らかに違う。我が家では「声良しさん」と名付けていた。
 その烏がある時からいなくなった。特殊な声なので近所にいれば必ず見分けがつくのだが、この辺りからは聞こえない。お住まいを他所へ移されたのか、あるいは天寿を全うされたのか…。だが、気づくと「声良しさん」だけでなく、全体として烏が減っている。
 一頃まで、繁華街ど真ん中ということもあり、近所のゴミ集積所は烏によって思いっきり汚されゴミがまき散らされていたが、それが激減した。園庭にさくらんぼがたわわに実るのだが、屋上にはそのタネが無数に落ちていたりした。烏がくわえて来て屋上で食べていたのだ。そんなタネの残骸もなくなった。静かできれいな環境になったのは嬉しいことのはずだが、なんだか物足りないというか淋しいというか、頭の奥の方で微かにアラームが鳴り続けているというか…。
 わたしの高校時代の恩師が写真を提供してつくられた「センス・オブ・ワンダー」というステキな小本の著者レイチェル・カーソンは「沈黙の春」という警告本の著者でもある。鳥たちが鳴かなくなった(つまり、消えた)静かすぎる春の恐ろしさを綴っているのだが、なんだか余所事に思えなくなってきた。人間どものカシマシサは増え続けているのだが…。
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