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No.484 鼻がツンとせずには…

 日本で生まれ日本で育ったタイ人の少年が入国管理局の退去強制処分の取り消しを求めていた訴訟で、東京地裁は6月30日、少年側の請求を棄却した。
 4月23日に行われた第一回口頭弁論で少年自身が訴えたメッセージがインターネットで紹介されていた。「ぼくは日本で生まれて育ったので日本のことしか知りません。タイに入ったこともなければ、友だちもいません。タイ語は話せるけど読んだり書いたり出来ません。どうして退去しなければならないのか納得できないのです。(略)どうして僕が日本に居られないのでしょうか? 何か悪いことでもしたのでしょうか?(略)人はお父さんお母さんを選ぶことができません。僕はお父さんを知りません。僕が生まれたことは悪いことだったのでしょうか?」
 この訴えが東京地裁を動かすことはなかった。彼はもちろん控訴する方針だというが、このままでは訪ねたことも暮らしたこともない名目祖国で、知人の一人もいない場所へ、この国の権力によって強制的に退去させられる。
 もう20年も前、岩手県・遠野で牧師をしていた頃、親しくしてくださったカトリック遠野教会の神父様はスイス人だった。クリスマスが終わると必ず家族を招待してくれて、チーズフォンデュをご馳走してくれた。彼はしかし日本に来るまでチーズフォンデュを食べたことがなかった(!)。もう間もなく定年となるという。数年に一度本国に休暇で戻るが、帰る度に知人が減っていくと。「わたしの人生は日本人として暮らした方が圧倒的に長いのさ。浦島太郎だよ。」と人なつっこく笑うその笑顔の陰に深い淋しさが見えた。
 「我等の国籍は天にある」。様々な意味でこの聖書のことばは引用されている。このことばによって淋しさを慰められる人も確かにいる。だが、現実のほぼ無意味な「国籍」というモノによって、今、世界はどんどん孤立化・唯我独尊化へと進もうとしている。英国も米国も、そしてこの我が国も。