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No.488 文字通り対岸の、囂し事

エッセイ「多摩川べりから」
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 テレビや新聞は連日、今日投開票が行われる東京都知事選挙の話題が続く。主要3候補と呼ばれることが選挙のあり方として正しいのかかなり疑問に思うが、ほとんど「主要3候補」と「その他18名」とされている。
 先日それを逆転させて18人の主張や選挙戦の様子をまず取り上げ、最後に「東京都知事選挙にはその他ごらんの3名の方が立候補しています」と紹介した番組があった。本気で18人を取り上げているとは思えなかったのだが…。
 その報道を見ていた我が娘が「へぇ、あの人ひとりで回っているんだ」と言った。選挙戦に使う道具をコロ付きトランクに入れて、幟を持って地下鉄で移動する画面。応援演説する人もいないたった一人の選挙戦。選挙といえば選挙カーが名前を連呼してまわり、人が大勢集まるところにたくさんの応援弁士を引き連れて大きな音を立てているものだと思っていた、と。先の参議院選挙期間中、通学途中のターミナル駅でジャマだなぁ(!)と思っていたとも。
 だが、彼女のそんな感想を聞いて、「選挙とはこういうモノ」と自分の意識の中に漠然とながらすり込まれていたものがあったのだと知らされた。政党や支持団体のバックがあって、当然資金も充分にあって初めて、応援弁士やら選挙カーやらウグイス嬢やらがつくのだ。もちろん供託金もちゃんと払い、運動のために必要な経費は支払われる(選挙公営制度)とは言え、本来ならばたった一人でまず立ち上がるということが本来の選挙の原点なのだろう。そういえば「たった一人、どこの政党の支持も受けていない」と叫ぶ主要候補がいる。でもその方はひとりでトランクを引いて回ってはいないし、最大の支援者=マスコミがいつも張り付いていて毎回必ずニュースにもワイドショーにも取り上げられている。
 その差はどこから来るのだ? 人々の関心か? つまり視聴者のせい? どうも違う気がするなぁ。
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