ようこそ、川崎教会へ

No.489 ビニールの教え

エッセイ「多摩川べりから」
元のサイトで完全版を読む
 2日(火)早朝に激しい雷と雨が降りしきった川崎。例によって教会周辺の道路は見る間に水が溢れ、ここ10年で最も深い浸水状態になった。
 多額の費用をかけてエレベーター前に止水板を設置した。たちまち7月15日と今回の2度の浸水があった。それぞれ被害を受けていたとしたらその修理/修繕費用が相当かかっていたわけで、それを考えたら、設置費用の半分以上は回収してしまった計算。なんともオソロシい時代になったものだ。
 ところで、雨が降ると新聞はビニールに包まれてポストに入っている。何時の頃からか分からないが、新聞はビニールに包まれてくるものになっていた。業界では「雨ビ(あめび)」と呼ぶらしい。配達中も配達後も雨に濡れないように細心の注意を払ってくれているのだ。有難いことだ。だが…。
 雨ビを被った新聞は、その殆どの場合既に雨が降りしきる中を配達されてくる。だからたとえ少量といえども雨水がビニールの表面にくっついている。それがポストに投函される。同じくポストに投函されるその他の郵便物のほとんどは当然ながら雨ビを被ってはいない。すると、雨ビに僅かながら付着している雨粒がそれ以外の郵便物を濡らしてしまう。というわけで、雨が降った朝一番に新聞を取り込めばいいのだが、それができない場合にはポストの中はとても悲惨な状況になっている。せっかくのご厚意が、わたしの無精のゆえに却って悲惨になってしまうとは…。
 郵便物や宅配物の中にもいつ頃からかビニール封筒を使うものが増えてきた。カタログなどがそうだ。そしてビニールであるが故に同じく悲惨な状況を生むことに。思うに、ビニールを使うということは基本的には「自分さえ良ければ」という結果を生むことになるのだ。良かれと思ってのことなのに…。
 他者と生きなければならない定めの人間。他者がいて初めて「人間」。独善であってはならないということか。ビニールの教え。
もっと見る