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No.491 オリンピック

エッセイ「多摩川べりから」
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 連日オリンピックの熱戦が伝えられる。
 わたしのスマートフォンはニュースリーダーの設定をしてあって、緊急情報や号外はその度にプッシュで通知される。急な天候の悪化や不測の事態に備えるためだが、それがこのところ朝6時になるとたてつづけにプッシュ通知の音が鳴る。原因は、日本人選手のオリンピック情報。
 日本のメダル獲得数は過去最高だそうで、毎日プッシュ音が鳴るのはそれだけ活躍していることの現れに違いない。設定を変えようかな…。
 ところで、例えば水泳のように決勝レースで勝敗が明確にわかるものは、金であれ銀であれ銅であれ誰の目にもほぼ明確だし、たとえ銀でも銅でもあるいはメダルに漏れても選手には充実感が感じられる気がする。一方トーナメント方式で行われる試合ではなんだか違うのだ。例えば金メダルは当然連続勝利の結果として伝えられ、銅メダルも準決勝で敗れたとはいっても3位決定戦で勝った場面が伝えられる。ところが銀メダルだけはそうはいかない。決勝で負ける場面が流される。だから、画面を見させられるわたし(たち)にとって、なんだか銀メダルが銅メダルよりも印象が淋しかったりする。ヘンな話しなのだが、映像上それはしょうがないのだろう。でもなぁ。
 それ以上に、選手に対して「銀メダルで申し訳ない」と言わせているものはいったなんだろうと思ってしまう。銅より銀、銀より金は分かる。でもメダルだよ。世界で1・2・3だよ。国の威信、連盟のメンツ、いやいや国民?わたしもまた「わぁー、銀か、残念!」とか平気で口にしている。本当なら「残念! だけど頑張ったなぁ」でないとね。いやいやもともとオリンピック精神は「参加することに意義がある」だったんじゃないか!!
 スミマセン、早朝から携帯が鳴りっぱなしになって寝不足が続き、神経がハイになっているのだと思います。
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