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No.500 500回だね

エッセイ「多摩川べりから」
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 いつの間にかこの「多摩川べりから」が500回目となった。
 これまで、わたしが主任担任教師となってからどこの教会でも週報にこのようなエッセィを綴ってきたのだが、500回を数えたことはない。これまでひとつの教会で最長8年しかとどまったことがないので500週には届かない。日曜日は年に大体52回、たまに53回。8年では416〜7回となる。
 いや実は本人も軽い気持ちで始めて25年(通算1260回)になってしまったのだ。この週報は様々なところにまとめて15週分ほどが送られている。この発送作業も25年続けてきたのだが、ということはその中に25年間毎回無理矢理送りつけられて読まされている読者が存在するということでもある。申し訳なくまたありがたいことでもある。
 礼拝前に、本日役割を担う者が集まって心を合わせる。この祈りの中で必ず「散らされてあるわたしたちは、しかしあなたにあって一つであることを覚えながら、それぞれ委ねられた地で宣教の業を果たしていくことができますように。」と祈る。通常あまり意識されないかも知れないが、実は教会は地域にいくつもあるし、県下に、国中に、世界中に無数にある。そのワールドワイドな教会が目に見える公同教会であって、その有様は天上の有様を映しているのだ。そして、この地域にわたしたちは働きを委ねられ、宣教の責任を与えられている。だからこそその責任を果たすことができるようにと祈るほかないのだ。この教会のみ唯我独尊なのではない。ワールドワイドな教会に与えられた務めの一躍を担っているのだ。
 折しも今日から「降誕前節」。ワールドワイドな教会の存在に意義を与えてくださる方のお生まれを備えて待つ期節への入り口。わたしたちがたてられていることの意味を、たまにはじっくり考え、味わう時としたい。
 強制読者になっておられる皆様への感謝とお詫びを兼ねながら。
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