ようこそ、川崎教会へ

No.520 嬉しい贈りもの

エッセイ「多摩川べりから」
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 先日捜真バプテスト教会の小野慈美牧師から電話があった。古い教会員の消息を尋ねることと一緒にもう一つ大きなご用件を持っていた。小野一良牧師時代の週報が一良牧師の遺品の中にあったので、川崎教会に送りたいとのこと。後日原本も郵送してくださるが、まずはスキャンしたPDFデータをメールで送りたいと。嬉しいおしらせだった。
 21枚の古いわら半紙に謄写版印刷された週報のデータが送られてきた。一枚一枚眺めてみた。
 小野一良牧師は1948(昭和23)年に川崎教会の牧師となった。翌年には現在地(小川町32番地)に換地が与えられ、集会所建設が始まり、50年1月に最初の献堂式が行われ、同4月には川崎頌和幼稚園が再開園される。1951(昭和26)年9月に小野牧師は辞任され、朝島捨吉牧師が着任する。在任2年半というのは当時のバプテスト教会には珍しいことではないが、換地・集会所建築・献堂式・幼稚園再開園と文字通り歴史に残る時代を牧師として責任を負われた先生であった。当時の週報のデータにも控えめにそのことが記されてある。それと同時に、月一回の「青年礼拝」が続けられ、新にバプテスマを受ける人が次々に現れた様子や、青年の働きを静かに支える存在として覚えられるよう「婦人礼拝」が、やはり月一回新たに始められる様子が、これもまた控えめに記録されている。さらにSS(サンデースクールのことだろう)が川崎本校の他明治製菓住宅吉武氏宅と東寺尾の安藤宅のほか、求められて矢口(現大田区)でも開校することになった旨記されてもいる(1951/1/20)。月四回の礼拝の内一度を青年がリードし、もう一度は婦人がリードする礼拝、教会学校がどんどん広がっていく様子など、現在ではなかなか考えられない取り組みかも知れない。時代の空気が良く伝わってくる。
 そういう先人たちが一週一週を積み重ねてきての今。感謝である。
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