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No.557 Win−Winな社会を

エッセイ「多摩川べりから」
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 先日テレビで24時間営業している託児所が取り上げられていた。さまざまな理由でここに子どもを預けている主に母親が取材対象だった。中には20代で故郷を捨てざるを得ない母親が、いくつもの仕事を兼務して、月のほとんどをこの託児所に子どもを預けているという人が登場。合計すると何とか30万ほどの手取りになるが、託児所へ支払う料金が13万を超えるとのこと。働いても働いても状況が改善しない循環経路に陥っているようだった。
 ニードがあるのだから、24時間子どもを預かってくれる施設は確かに必要だと思う。預ける側の諸事情も単純に善悪判断出来るものではない。事実それがあるから助けられている人もいるのだ。だが、わたしの心の中に生じた「ちぐはぐ感」とでも呼ぶべきものが、最後まで消え去らなかった。
 その原因を考えた。深夜まで子どもを預けて働いても現状から抜け出せないという現実が、当人の責任だとするだけで本当に良いのか。そこになんの解決策もない以上、この親子が根本的に救われるときは来ないのではないか。それがわかっているのに最後の〆が「子どもに対する母親の愛情は深い」というセリフで良いのか。それが「ちぐはぐ感」の原因だったのだ。
 折しも先の選挙公約だった「年2兆円規模の政策パッケージ」の概要が決まったとニュースが伝えている。「幼児教育と保育の無償化には約8千億円を投じる」内容となっている。問題になった無認可施設も対象にするらしい。だが、ここでも「ちぐはぐ感」は全く拭えない。
 僕らは、せめて一日8時間・週40時間働いたら真っ当な生活が出来るような社会に生きたい。家族がいようとも単身であろうともそれが保障され、必要なところには必要な手が必要なだけさしのべられるような社会に生きたいのだ。「自己責任」が声高に叫ばれたりしない、共存の社会で。他国と「Win−Winで」と言う前に、先ず自国でこそ。
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