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No.561 神の手

エッセイ「多摩川べりから」
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 「そのとき突然、私の左肩を触る手があることに気がつきました。その人は「あきらめるな! (がれきを)押し続けろ! 蹴り続けろ! あなたを助けてあげるから。あの隙間から光が入ってくるのが見えるだろう? そこに向かって、なるべく早く、はって行きなさい」と言うのです。私がそこからはい出てみると、崩壊した建物は燃えていました。その建物の中にいた私の同級生のほとんどは、生きたまま焼き殺されていきました。私の周囲全体にはひどい、想像を超えた廃虚がありました。」
 ノーベル平和賞の授賞式で語られたサーロー節子さんの演説の一節。
 今年のクリスマスシーズンは、いつも以上に「お祝いする」気分を持てないで来た。わたしの周囲に、十数年に一度あるかないかの悲しみの連鎖があって、それだけでなく社会全体を覆い尽くそうかと思えるほどの暗雲がいつになくハッキリと漂っていて、しかしそういうど真ん中にこそ、無力の救い主が殺されるためにおいでになるというメッセージが浮かび上がって、「お祝い」する心を全く失ってしまっていたのだ。
 サーロー節子さんは光の方向に這い出した。そこに見たものはこの世の終わりの姿だった。だが13歳の彼女は命を取り留めた。そして87歳に届く今日まで光を求めるのをやめようとはしなかった。「今日、私は皆さんに、この会場において、広島と長崎で非業の死を遂げた全ての人々の存在を感じていただきたいと思います。皆さんに、私たちの上に、そして私たちのまわりに、25万人の魂の大きな固まりを感じ取っていただきたいと思います。その一人ひとりには名前がありました。一人ひとりが、誰かに愛されていました。彼らの死を無駄にしてはなりません。」。
 わたしの左肩を触る手。その手を今、わたしも感じることが出来るだろう。その手はわたしをも促している。「あきらめるな! 動き続けろ!」と。
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