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No.562 消化するだけの情報

 どうしても口を開かない人から話を聞くにはどうしたら良いだろう。ほぼ打つ手はない中で。そんなことばかり12月は聞かされ続けてきた気がする。
 テレビは口を開かない人のことを連日取り上げて、口を開かないその人の代わりにさまざまな人の声をうんざりするほど流し続ける。だがそのどれも当然のことながら本人の声ではない。誰も確信のない、ウラも取れない、いわばいい加減な情報を垂れ流し続けて、その結果を誰が引き受けるのだろう。テレビのこれまでの常識からすれば、今回のことも結局誰も責任を引き受けることはない。我々も、「そんなこともあったね」程度ですぐに忘れてしまう。そして次のもっと面白いことに目を奪われるだけだろう。もちろん、それがどういうことだったとしても、わたしの生活には一切関係のないことなのだ、視聴する者の責任が問われる意味はない。そう言って今回も娯楽の一つを消化するだけなのかも知れないのだ。だが。
 ここのところその「消化するだけの日々」そのものに少々うんざりしている。前にこの欄で「被害者支援」のNPOを支援しているACジャパンを取り上げた。公益社団法人ACジャパンの会員社は広告に関連する3つの業種から1000社を超える。その役員には広告会社や報道各社の代表が並ぶ。「社会がその時もっとも必要としているメッセージを発信し続けてきました」と言うのだが、どうひいき目に見てもマッチ・ポンプに見えてしまう。今回のような騒動を流し続ける報道各社が「その時もっとも必要としているメッセージ」を本当に流せるのだろうか。
 よほど意識していないと、情報は単に消化するためだけのものに成り下がってしまう。誰でもが情報にアクセスできることは平和な世界の構築に必要不可欠だ。だがそれは、意識を持っていてこそのこと。消化に追われるよう仕向けられるのは、いったい誰の、どういう差し金なのだろう。