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No.564 厳しい冬

エッセイ「多摩川べりから」
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 以前岩手県遠野で働いていた頃、6月を過ぎると「先生、厭だねぇ。これからはどんどん日が短くなって冬が来る。」と、心から心配する女性がいた。「いやいや、これから夏があるでしょう。」と答えていたのだが、彼女はそんな慰めを受け入れる人ではなかった。真剣に日が短くなること、冬が来ることを案じていたのだ、6月に。
 何故こんなことを思い出したのか。友人の一人が毎朝通勤のために立つホームから銀杏の木を定点観測する写真をアップしてくれるのだが、そこに「今日が一番遅い日の出、これからはどんどん日が長くなる。春は近い。」とのコメントがついていたのだ。日本海側では記録的豪雪が続き、15時間以上も電車の中に閉じ込められたというニュースも伝わってきた。北国にとって冬は、あの女性が案じるとおり長く厳しく、そして命を奪うこともある。それが厳しければ厳しいだけ、厳冬のさなかに、しかしその終わりが見えようとしている安堵感も大きいのだ。
 ライバル選手の飲み物の中に禁止薬物を投与したというニュースが流れた。こんなウソみたいな本当の話、最初にヘッドラインだけを目にしたときはどこか遠い国の話しだと思った。それが何と、失礼ながらそれほど競技人口が多くはないスポーツで、お互いをよく知った先輩と後輩の間で行われた事件だった。
 勝てば嬉しいし負ければ悔しい。それは自然な感情だろうし園児たちにも普通にある感情だ。その繰り返しの中で、嬉しさ悔しさの感情をコントロールするすべを自然に学んでいく。だから、なぜ大の大人にそれが出来なかったのか、あるいはプレッシャーが尋常ではなかったということか。
 厳しい冬以上に重苦しい話し。本当の厳冬はむしろ人の心の中にあるのかも知れない。
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