ようこそ、川崎教会へ

No.565 伝承の必要性

エッセイ「多摩川べりから」
元のサイトで完全版を読む
 幼稚園ではこの季節になると、懐かしい遊び道具が園庭に並ぶ。鉄輪ごま、ベーゴマ、大山ごま、お手玉、羽根つき、剣玉などなど。月末にはお父さんたちに登場していただいて、子どもと一緒に懐かしい遊びに興じてもらう。
 20日土曜日に「川崎中学校区子ども会議」が開かれた。「会議」というと堅苦しいが、川崎中学校、川崎小学校、京町小学校で構成される学区を持ち回りで会場にして、様々な遊びを親子で楽しんだり、科学工作をやってみたり、避難所用段ボールシェルターをつくってみたりと、楽しいプログラムだ。今回も科学遊びの他、ペットボトルキャップと紙コースターを使ってコマをつくるコーナー、いろんな紙を用意して紙ヒコーキをつくって飛ばすコーナー、数珠玉に細工して羽根をつくって羽根つきであそぶコーナーなどが登場した。
 伝承遊びと呼ばれるものは、伝承されてこそ遊び継がれる。だが、小中学生の親世代で紙ヒコーキを折ったことのない人やコマを回したことのない人も結構いる。だが、今ならまだ、町内世話役のおじさんおばさんたちの中に名人級がいて、彼らが先導して遊び方を伝承できる。外であそぶ子どもたちなんてほとんど見ることの出来ない商業地/繁華街の片隅で、こういう「子ども会議」が開かれることの意義は結構大きいのかも知れない。
 ちょうど朝の旅番組は伊勢神宮詣でだった。伊勢神宮といえば式年遷宮が最大の祭り。20年ごとに宮を建て替えることはエコロジーのご時世いかがなものかと思いもするが、しかし宮大工の技術の伝承という点で見れば、20年ごとに繰り返されるということは極めて大事なのだと思う。敢えて意識しなければ、伝承など出来ない。黙ったままでは伝わらないということだろう。
 教会が毎週「礼拝」という儀式を続けることも、幼稚園で毎年伝承遊びを続けることも、意味があるのだ。来週教会学校では「火を熾してみよう」という遊びをやる。これだって生活技術の伝承だものね。
もっと見る